1985年8月 ’83年夏に 先師の命を受け日本にて講習会を開きました。それは日本に武壇の正式な支部を設けるための準備でした。翌’84年夏、そして翌々年(’85年)春に更に講習会を開き、同年夏に来日される 先師を迎える具体的な準備を整え、
’85年8月に 先師と奥様、そして師兄弟の林を日本に迎え、武壇の日本支部「武壇日本分会」が正式に開設されました。
 先師は日本に武壇の正式な支部を開設するに当たり、要求されたことが幾つか有りました。その一つで、最も困難と思われたのが、他の海内外の支部に於ける訓練方法と異なり、日本では、武壇で練習される各門派の武術を門派毎に分けて教授、学習するシステムを作ることでした。
 確かに私自身、 先師からそういう方法で学習してきましたが、 先師なら兎も角、一介の門人にそんな複雑なことが出来るのか…と不安になったことも事実でした。しかし、 先師から特別に訓練を受け、励ましを与えられて’85年8月に武壇日本分会を正式に発足させることになったのです。
 武壇日本分会(正式名称は中華國術會武壇國術推廣中心日本分壇 略称:武壇日本分会)での学習順序は、基本功学習から始まります。我々日本人からすると、矢張り中国の武術は海外のモノであり、文化も習慣も大きく異なりますので、そういう部分への理解を深める所から学習して行かねばならないのです。
 そして、基本拳となる十路弾腿、功力拳を納めた後に、各人が希望する門派の拳を学習して行きます。
 基本拳として学習する十路弾腿や功力拳は、いわば中国武術の文法のようなモノで、中国北方の武術家が自分の周囲の空間や時間をどの様に捉えているかを学習するのに大変役立ちます。
 我々、武壇日本分会で学習できる門派の拳は、本門としての八極拳、劈掛掌、更に八卦掌、太極拳(陳家老架、新架、砲捶)、螳螂拳(七星、梅花、秘門、八歩、六合)、燕青拳(秘宗)、長拳(査拳)、形意拳、などで、同時に長短兵器の学習が義務づけられます。
 学習自体は伝統的な方法をもって行われており、武術の本質を変えずに武徳と共に現代に伝える事を旨としています。従って本来伝統的中国武術界が持つ、封建的な部分も存続しています。
 現在、武壇日本分会は、東京の本会の他に、神奈川に横浜支部、長野に諏訪支部がありそれぞれ活動しています。